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クリム
♪ジャジャジャジャーン、
ジャジャジャジャーン♪
この曲、なーんだ?
ドリム
ベートーヴェンの「運命」でしょ。
どうしたの、急に?
クリム
あのね、ベートーヴェンって、一時コックの
見習いをしていたことがあるんだって!
ドリム
えっー本当?じゃ、料理とかケーキとか作っていたのかしら?
クリム
かもね。だから、今日はベートーヴェンの時代
に行ってみようよ。
ドリム
大賛成。よおし、ペロン頼んだわよ。
ペロン
ワン、ワン、ワン!
●消えぬ音楽への情熱
ベートーヴェンほど、日本人に愛されている作曲家はいないかもしれません。交響曲第5番「運命」の出だしのパート、交響曲第9番の「歓喜の歌」はすっかり私たちの耳にお馴染みです。
1770年にドイツのボンで生まれたルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは、祖父も父親も宮廷歌手という音楽一家で育ちましたが、アルコール依存症の父親に代わって早くから家族を支え、そお暮らしぶりは決して楽なものではありませんでした。
その彼を苦しめたのが持病の難聴でした。名声が高まってきた20代の後半から次第に症状が悪化し、一時は自殺まで考えたほど。その時、彼がしたためた遺書は「ハイリゲンシュタットの遺書」として残されています。
しかし、聴力障害も、彼の音楽への情熱の火をを消すことはできませんでした。障害に真正面から向き合った彼は名曲を次々に世に送り出すのです。
●ライン川下りの船でコックとして働いていた!
ところで、音楽一筋のように思えるベートーヴェンは、17世紀の後半のほんの一時期、コックの見習いとして船に乗り込んでいました。同行したのは、彼が敬愛するチェロ奏者のベルンハルト・ロンベルグ。歴史に名を残した楽聖が、コックとして働いていたなんてなんとも楽しいエピソードです。
コックの見習いといえば、ジャガイモやタマネギの皮をむいたりといった下処理の仕事が定番です。いったいどんな顔をしながらベートーヴェンがタマネギの皮をむいていたのでしょう。
今回、吉田先生に作っていただいたツヴィーベルクーヘンは、「音楽」という別名を持つケーキ。ツヴィーベルクーヘンには、「食べた後に"おなら"が出る」という都市伝説があり、ドイツでは「音楽」という愉快な異名を付けられているのです。ライン川下りの船でコック見習いの仕事に就いていた楽聖が、「音楽」という名のケーキを作っていたかも、なんて想像するとなんだか楽しくなりますね。
●
映画や小説の題材になった波乱に富んだ生涯
そのあまりにもドラマチックなベートーヴェンの生涯は、何度も小説のモチーフとなり、偉人伝の題材として取り上げられ、映画化されてきました。
小説でもっとも有名なのが、ノーベル賞作家のロマン・ロランが著した
「ベートーヴェンの生涯」
です。音楽をこよなく愛したロマン・ロランにとってベートーヴェンの生涯は創作意欲を歓喜させるこの上ない存在だったのでしょう。
映画では、怪優のゲイリー・オールドマンがベートーヴェンを演じたアメリカ映画
「不滅の恋 ベートーヴェン」
が忘れられません。ベートーヴェンそっくりに扮したオールドマンの演技は迫力たっぷり。彼の苦悩の生涯を見事に演じきっていました。
名優、エド・ハリスがベートーヴェンになりきった
「敬愛なるベートーヴェン」
も必見です。エド・ハリスとゲイリー・オールドマン、二人のベートーヴェンを比べてみるのも一興ですね。
彼は生涯独身を貫きましたが、死後に「不滅の恋人」宛に書かれた手紙が3通残されていました。「不滅の恋人」をめぐってはさまざまな説があり、ミステリーとなっています。波乱の生涯、謎に包まれた恋人の存在。知れば知るほどベートーヴェンは情熱にあふれた、人間臭い楽聖であることがわかります。
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