メールマガジン登録
ご意見・ご感想
c-d.cとは?
キャンペーン開催中
愛のスクラッチゲーム
春メニュー手作りレシピ
ランキング
生クリーム80年
日本の生クリームは
Nakazawaから生まれました。
全国書店で好評発売中
「世界のフェスティバル&スイーツ」
好評企画
「ものがたりとお菓子」
c-d.cショッピング
ドリームズレシピ
カリフォルニア通信
メールマガジン
フルーゼハウン
キッチンスタジオ
料理教室
旬を楽しむレシピ
トップページ
サイトマップ
スプラッシュページ
SSL対応について
ドリム
クリム、今日のおやつはカステーラよ。
クリム
うわあ、僕、大好きなんだ。ルーツもよく知ってるよ。ポルトガルからやってきたんだよね。
ドリム
もともとはスペインで生まれたって聞いたことがあるわ。
クリム
え?スペイン生まれでポルトガル育ちなの?
ドリム
うーん、私もよくわからない。となると、今日はカステーラの歴史をさぐる旅に決まりね。
おやつの時間はその後よ!
クリム
早く食べたいけど、ルーツも知りたいな。
よおし、ペロン頼んだよ。
ペロン
ワン、ワン。
●スペインで生まれポルトガルを経て日本に
カステーラの原型ともいえるビスコチョ(スポンジケーキ)は文明の中心、文化の要として発展していた16世紀のスペインで生まれました。それまでのビスコチョは乾パンのような食物に過ぎませんでしたが、16世紀後半に入ると、材料に砂糖や卵が加わり、ふっくらとした焼き菓子に進化したのです。
ほどなくこの製法はお隣のポルトガルに伝えられましたが、その時「カスティーリャ・ボーロ」(カスティーリャのお菓子)と呼ばれたとのこと。なぜ、カスティーリャなのかといえば、イベリア半島の中・北部は、かつてカスティーリャ王国の支配下にあったため。後に、スペイン国の一部として併合されてしまった王国の名前にちなんでいたわけです。
16世紀に入るとそのお菓子がポルトガル人宣教師の手によって、種子島にもたらされました。そうこれが、カステーラの始まりなのです。
●
お城のように高く高く泡立てる!?
カスティーリャ・ボーロは、始めの頃、四角い型にタネを流し込んで焼いていましたが、そのうち、小さく焼き上げ、生地の底にザラメ糖を敷いてアクセントをつけたり、中に含まれる気泡を細かく均質にしてみたりと、独自の工夫が凝らされていきました、こうした完成したのが現在の長崎カステーラ。実際にこの製法が完成したのは明治時代に入ってからと言われています。
ところで、カスティーリャという名称には、次のような面白い説もあります。ポルトガル人は卵を泡立てる際に、空気をじゅうぶん含ませるために「バーテル・アス・クラーラス・エム・カステーロ」と唱えていたとか。カステーロとはお城を、クラーラスとは卵白のこと。日本語に訳せば、「お城のようにうず高くなるまで攪拌せよ」という意味。一種のおまじないのフレーズですね。
はたして、カステーラとは地名が由来なのか、おまじないのように唱えていた言葉が由来なのか。真相は不明ですが、芸術品のようなできばえの長崎カステーラが日本独自のお菓子として私たちの食卓にすっかり浸透したことだけは確かです。
(吉田菊次郎先生著「西洋諸国お菓子語り」(時事通信社刊)より)
|
「お菓子をめぐる冒険」バックナンバーのトップ
|