| ■美しい歴史的な建造物と自然とが調和した町 |
ドナウ川中流域に位置するリンツは、オーバーエスタライヒ州の州都。ウイーンに比べると日本での知名度はそう高くありませんが、ウイーン、グラーツに次ぐオーストリアの第三の都市であり、古くからの交通の要衝として栄えてきました。見所もたくさんあります。
例えば、16世紀に建てられた美しいルネサンス様式のラントハウス(州庁舎)です。中庭に設けられたプラネーテンブルンネン(惑星 噴水)には擬人化された7つの惑星が飾られていますが、これはかつてリンツ大学がこのラントハウスを借りていた当時、ケプラーが教鞭を執っていたことを記念したもの。天体の運動を解明し、ケプラーの法則を発明した天体物理学者ケプラーにちなんだ噴水なんですね。
旧市街地の中心部には、ヨーロッパでもっとも美しい広場とされるハウプト広場が広がります。9世紀に起源を持つザンクトフローリアン修道院の重厚なたたずまいも訪れる人々に強烈な印象を残してくれます。ヨーロッパ最大の急勾配を誇る登山電車も見逃せません。山頂へと登れば、ボヘミアの地やアルプスを見渡せる壮大な風景が眼前に広がるのだとか。 |
| ■音楽家を刺激する何かがあるー!? |
オーストリアには著名な音楽家と深いつながりを持つ都市が数多くありますが、リンツも例外ではありません。
モーツァルトが、交響曲第36番「リンツ」を作曲した地がこのリンツでした。旅の途中でリンツに立ち寄った彼は、わずか3日間でこの曲を書き上げたといいます。「リンツ」は、モーツァルトの交響曲の中でももっとも生きる喜びにあふれていると定評がある曲。リンツには芸術家の創造力を喚起する魅力にあふれているに違いありません。この地に足を運べば、きっとモーツァルトが交響曲を完成させた当時と同じ趣、雰囲気を堪能できることでしょう。
リンツと縁の深い音楽家といえば、やはりアントン・ブルックナーをおいてはありません。ブルックナーは、リンツ地方南部で生まれ、トーネル坊やと呼ばれて育った彼は、少年時代にはザンクトフローリアン修道院の聖歌隊に所属し、オルガン奏者もつとめました。彼が遺した11の交響曲には、この聖歌隊時代に学んだ音楽の基礎や宗教に関する知識が色濃く反映されています。
ブルックナーは後期ロマン派最大の作曲家の一人なのですが、残念ながら、その日本ではモーツァルトやワグナーほど知られていないようです。日本では一般的にバッハ、ベートーヴェン、ブラームスをドイツ音楽の3Bと称されています。ところが、オーストリアではブラームスの代わりにブルックナーを入れるのが一般的なのだとか。それほど、現地では愛し、親しまれ、尊敬されている音楽家なのです。
彼の知名度が日本であまり高くない理由として大きいのが、交響曲が1時間以上もの長尺のため、演奏される機会が少ないということ。しかし、一度耳を傾ければ、ブルックナーの曲は実に魅力的。「ロマンティック」という名称の交響曲4番は中世の騎士の世界が広がるかのようです。花や緑、自然の雄大さ、素朴さと宗教性が融合しているのがブルックナーの持ち味。ブルックナーの曲を聴いてからリンツを訪れると、より深い感慨が味わえるはずです。 |
| ■切っても切れないラズベリーやナッツとの関係 |
今回、吉田先生に作っていただいたリンツァートルテは、その名の通り、リンツで生まれ育ち、オーストリアはもちろんドイツにも普及した有名なお菓子。ドイツ菓子のルーツとも言われています。おなじみのザッハトルテと双璧をなすお菓子です。
13世紀から約700年間、ヨーロッパに君臨し、栄華を誇ったハプスブルグ家の歴代皇帝には美食家が多く、マリア・テレジア女帝(マリー・アントワネットのお母さん)の時代には、お菓子のマイスター制度が誕生しました。技術を育てる環境、仕組みの制度が、オーストリアのお菓子の発展を促し、その一つの成果がリンツァートルテなのです。
ちなみに、リンツァートルテのトルテとは、丸型のケーキを指します。形が四角くなるとそれはシュニッテ。型を変えれば、リンツァーシュニッテが出来上がるというわけです。
リンツには、リンツァータイクというお菓子もあります。ヘーゼルナッツやアーモンドの粉末で作ったサクサクのサブレに、ラズベリーのジャムをサンドした香ばしい味わいが特徴のビスケットです。リンツ地方のお菓子には、どうやらナッツとラズベリーは欠かせない材料のよう。こちらもぜひ一度チャレンジしてみてください。
リンツァートルテの作り方 >> |
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※ 次回はイギリス/スコットランド地方です。お楽しみに! |
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