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大航海時代の面影が町の随所に残るリスボン地方。穏やかで優しいたたずまいの中にも、栄華の時代を感じさせるスポットがたくさんあるのがこの地域の最大の魅力。どこか懐かしさを感じさせるリスボン地方に関するコラムです。

リスボン地方の様々な魅力をパノラマ
イラストでお楽しみいただけます。
世界史でおなじみの偉人たちが出迎える町
 リスボンは、大航海時代には「太陽の国」という異名をとったポルトガルの首都。スペインから流れ来るテージョ川が大西洋にそそぐ河口に開けた町で、ヨーロッパでもっとも美しい町と呼ばれた往時の面影は、いまもあちこちに残っています。
 例えば、西のベレン地区にある、世界遺産にも指定されているジェロニモス修道院や高さ52mの発見のモニュメント。とりわけ、エンリケ航海王子、バスコ・ダ・ガマ、フランシスコ・ザビエル等など、日本人にとって馴染みのあるポルトガルの偉人たちがずらりと並ぶモニュメントを見れば、きっと誰もが大航海時代のポルトガルの栄華を感じとることでしょう。
 発見のモニュメントの頂上からのぞむリスボン市街には、赤茶色の屋根の家が穏やかに優しげに広がっています。夜ともなれば、町のレストランのあちこちから流れるファド(切々と人生を歌い上げるポルトガルの民謡)を耳西、「なんとなくほっとする、懐かしい」と感じる日本人は少なくありません。
 そう、リスボン、そしてポルトガルには、わたしたち日本人の琴線に触れる「懐かしさ」があふれる町。だから、多くの人を魅了してやまないのです。
ポルトガル人宣教師がもたらしたカステラ
 日本人に「懐かしさ」を感じさせてくれるのは、日本とポルトガルとの古くからの縁にあるのかもしれません。400年以上も前に日本にやってきたポルトガルの宣教師や商人たちは、日本にたくさんの「おみやげ」を残しました。
 その一つが外来語です。パン、天ぷら、金平糖、ボタンやビロード、羅紗、合羽など、私たちは当たり前のように使っていますが、実はこれらはすべてポルトガル伝来の言葉です。
 いまや日本の代表的な和菓子となったカステラも、ポルトガルの宣教師の手によって長崎の地にもたらされました。カステラのルーツとされるお菓子は、15〜16世紀の大航海時代にスペインのカスティーリャ王国で生み出された「ビスコチョ」だったという説、同じ時代にポルトガル北部で生まれた「パン・デ・ロー」という2つの説があります。「ビスコチョ」は航海時の保存食として、「パン・デ・ロー」は、ポルトガル各地で守護聖人へのお供え物として焼かれていましたが、どちらにしても日本に持ち込んだのはポルトガル人なのです。
 では、どうして日本でカステラになったのでしょう。これにも色々な説があり、一つには、ポルトガル人がお菓子を日本人に説明する時に「カスティーリャ地方のお菓子だ」と答え、それが次第に「カステラ」になったという説。もう一つは、材料のメレンゲが早く泡立つようにと、「カステロ、カステロ・・・」(お城の意味)と唱える慣習があり、これを聞いた人が「カステラ」と呼ぶようになったという説です。
 さて、南蛮菓子の代表格であり、来日当時には「かすていら」と称されたカステラが、本当はスペイン生まれなのか、ポルトガル生まれなのか。なぜ「カステラ」の名称になったのか。真相は不明ですが、ポルトガル人がはるばる日本へとやってこなければ、カステラの今はなかったことは間違いありません。
 「どこか懐かしい」。ポルトガルを訪れて、そんな感想を抱く日本人が多いのも、2つの国の「浅からぬ関係」のたまものではないでしょうか。
国民的菓子、エッグタルト
 少し前に日本でちょっとしたブームとなったお菓子、エッグタルトもポルトガル生まれ。ベレン地区にあるジェロニモ修道院で作り始めた「パスティス・デ・ナタ」がその起源とされています。いまでは町の喫茶店やお菓子店に行けば必ずといっていいほど置いてある「パスティス・デ・ナタ」は、ポルトガルの国民的菓子といっても過言ではありません。
 今回、吉田菊次郎先生に作っていただいたエッグタルトは、パイ生地をくるくると巻き上げ、生地が渦模様になっているのが特徴ですが、これぞ本場のポルトガル流。
 もっとも、クッキー生地を使ったタイプや蒸しプリン風のエッグタルトも日本ではよく見かけますね。これらは、ポルトガルの植民地であったマカオから香港を経て、日本に伝わった、いわばチャイナ版。香港では、ポルトガルスタイルに点心式スタイルを融合させて、新しいエッグタルトを生み出したというわけです。
 このように見ていくと、ポルトガルのお菓子はさまざまの国の菓子文化に影響を与えていることがわかります。カステラも、日本伝来時には卵・砂糖・小麦粉だけで作るという素朴でシンプルなレシピでしたが、長崎の職人たちは
これらに水飴を加えてしっとり感を醸し出すという手法を生み出しました。幾度となく改良を施して生まれたのが現在の日本のカステラなのです。
 「パン・デ・ロー」や「パスティス・デ・ナタ」のほかにも、リスボンの地、いえ国内全域には、ポルトガルらしさにあふれた伝統的なお菓子がいまもそのままの形で愛されています。ケイジャーダ(焼きチーズケーキ)、コンフェイト(金平糖の原型)…。ポルトガルはお菓子の大国なのです。 エッグタルトの作り方 >> 

※ 次回はオランダ/ホランド地方です。お楽しみに!

 

 

ワイン
ポルトガルはフランス、イタリア、スペインに続くヨーロッパ第4位のワイン生産国。
日本に最初にワインを伝えた国として知られている。ドウロ地方はポルトガルを代表するポルトワインが有名。また、地域によって気候や土壌が異なるポルトガルでは、地方ごとにさまざまなワインが生産されている。やはりオススメは、産地限定高級ワインV.Q.P.R.D.。
ポルトガル菓子
カステラやボーロ菓子の故郷。日本にも古くから伝わり、親しみ深い。ポルトガル菓子の基本は、砂糖と卵とアーモンドパウダー。どれもかなり甘いが、手を伸ばさずにはいられない魅力的な菓子の数々。
バカリャウ(干しダラ)
国民食ともよばれるバカリャウ。味付けの基本は、少し濃い目の塩コショウにオリーブオイルといたってシンプル。タラ料理だけでも、300種以上あるといわれている。ちなみに、バカリャウとポルトガルの人々を結びつける理由の一つには、9割以上がカトリック教徒という国民性があり、お肉を食べない精進の日のために考え出された様々な魚料理の中でも、保存と応用のきくのがバカリャウだったということがありそう。
スープ
日本では「おかずのひとつ」と見なされるスープも、ここポルトガルではれっきとしたメイン料理。ポルトガルのスープで最も有名なのが“カルド・ヴェルデ”。じゃがいもと青菜を煮込んだ素朴で温かな味わい。チョリソーを一切れ、ヘソのように乗せるのが決まり。ポルトガルの美味しさを知りたかったら、ぜひスープから始めてみてはいかが。
 
さくさくとしたパイ生地とカスタードクリームの相性が良いエッグタルト。焼き上がりにシナモンをかける本場ポルトガルスタイルでお楽しみください。
「リスボン地方」のことをもっと詳しく知りたい方のためのお役立ちリンク集。
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